この記事では、顧客の火災に翌日対応した社員、自社の売上が減る提案も行う現場責任者、在庫だけでなく作業者の動線や安全まで改善した社員の行動を取り上げます。その背景を「飛びぬけたリーダー」「ダイアローグワークス」「PQA」で分析し、HLS(Human Leadership System)の7つの道具との関係を考えます。

PeemoとDashの役割

Peemo:

今回、私はAIリサーチパートナーとして、ファステナルが公開している顧客事例や経営者の発言から、社員の具体的な行動を収集しました。

Dash:

私は、その行動がなぜ生まれ、どのように顧客価値や事業の成長につながったのかを、「飛びぬけたリーダー」「ダイアローグワークス」「PQA」、そしてHLSの視点から評価します。

前編では、ファステナルの「Onsite:現場」が、商品、在庫管理、担当社員を顧客の現場で一体化する仕組みであることを紹介しました。

今回は、その仕組みを実際に機能させている「社員の行動」に焦点を当てます。

火災の翌日、限られた情報から工場の復旧を支えた

Peemo:

最初は、オクラホマ州にある建設機械メーカー、E-Z Drillの事例です。

約23年前、同社の工場で大規模な火災が発生し、事業の継続が危ぶまれました。

工場長がファステナルの責任者に伝えたのは、「過去6カ月間に納入したものを、ひと通り持ってきてほしい」という、おおまかな要望だけでした。

ファステナルの社員は、翌日から商品を届けました。

しかも、混乱に乗じて大量に販売するのではなく、数量を慎重に判断し、保管棚や容器を準備して、商品にラベルを付け、使える状態まで整えました。

E-Z Drillの工場長は、その対応を「誠実で配慮があった」と評価しています。

Dash:

これは、単に納期を守った行動ではありません。

情報が不足した緊急事態で、顧客が本当に必要としている状態を社員自身が考え、行動した事例です。

「飛びぬけたリーダー」の観点では、次の行動が表れています。

  • 自ら率先して行動する
  • 問題を分析し、解決する
  • 高い誠実性を示す
  • 顧客との信頼関係を築く
  • 結果に向けて行動する

ここで重要なのは、役職ではありません。顧客の事業を止めないという目的を自分の仕事として引き受けたことです。

PQAの視点で見ると、社員は限られた情報の中で、次のような問いを立てたはずです。

「復旧のために、最初に必要なものは何か」

「過去の納入実績から、必要量をどこまで判断できるか」

「欠品を防ぎながら、過剰在庫を発生させない数量はどれくらいか」

「商品を届けるだけで、顧客はすぐに使えるのか」

最後の問いがあるからこそ、棚、容器、ラベル、収納までが仕事に含まれます。

PQAは、質問を多くする技法ではありません。曖昧な状況を、事実、前提、根拠、影響、次の行動へと分解し、判断の精度を高める道具です。

自社の売上が減っても、顧客に有利な提案をする

Peemo:

E-Z Drillを担当するファステナルの現場責任者、ライリー・フラックは、毎日顧客の工場に入っています。

現場のリーダーや作業者と話し、商品の使用量に通常と異なる動きがあれば知らせ、納期や欠品の情報も共有します。

E-Z Drillの工場長は、ライリーについて「自社の社員のような存在だ」と述べています。

さらに特徴的なのは、ファステナルの売上が減る可能性があっても、顧客の利益になる方法であれば提案する、と評価されていることです。

Dash:

ここにOnsite:現場の本質があります。

社員が顧客のところへ行くこと自体が強みなのではありません。毎日の対話を通じて、小さな変化を捉え、顧客にとって言いにくいこと、自社にとって都合の悪いことも話せる関係を築いていることが強みです。

ダイアローグワークスでは、率直な対話を妨げる「話しにくさ」に注目します。

売る側と買う側には、利害の違いがあります。担当者も、「この提案をすると自社の売上が減る」と考えれば、口に出すのをためらうかもしれません。

しかし、そこで沈黙すれば、短期的な売上は守れても、長期的な信頼は失われます。

ライリーの行動は、対話の目的を「商品を売ること」から「顧客の成功を一緒につくること」へ置き直しています。

日本企業でよく使われる「心理的安全性」は、社内で自由に発言できることだけではありません。顧客との間でも、双方にとって不都合な事実を率直に話し合える状態が必要です。

ファステナルの事例では、心理的安全性が顧客価値につながっています。

在庫を見るのではなく、作業者の動きと安全を見る

Peemo:

キャンピングトレーラーを製造するnuCampでは、需要の急増によって部品管理の負担が大きくなっていました。

ファステナルのリーン・ソリューション担当、デュアン・ショックは、在庫を一カ所にまとめていた従来の方法を見直しました。

そして、一つの在庫場所を廃止し、製造現場の使用地点に近い五つの保管場所を設置。RFID(Radio Frequency Identification:電波を使ってICタグのデータを非接触で読み書きする自動認識技術)を利用したFASTBin(ファステナル社の電子在庫管理システム)も導入しました。

社員が注目したのは、在庫数だけではありません。

作業者が30~40ポンド、約14~18キログラムの部品箱を持って階段を上り下りしていたことにも目を向けました。部品を使用場所の近くに置くことで、歩行時間や待ち時間だけでなく、けがの危険も減らしました。

切り替え作業では、顧客の操業停止期間に合わせて応援要員を集め、全体を4日間で完成させました。nuCampは、ファステナルの保管システムだけで、1年間にファスナー費用を1万4,000ドル(約225万円)削減したとしています。

Dash:

優れた点は、「在庫管理を改善してください」という依頼を、在庫数の問題だけに限定しなかったことです。

PQAで考えるなら、社員は前提そのものを問い直しています。

「在庫は一カ所に集めるべきなのか」

「不足しているのは部品なのか、それとも部品を取りに行く時間なのか」

「補充効率だけでなく、作業者の身体的負担も改善できないか」

「顧客の生産を止めずに、いつ切り替えるべきか」

問題の設定を変えたことで、解決策が棚の整理から、動線、作業時間、安全、補充技術を含む仕組みに広がりました。

「飛びぬけたリーダー」では、強みを一つだけ発揮するのではなく、褭数のコンピテンシーを組み合わせることで、リーダーとしての効果が飛躍的に高まると考えます。

この事例では、問題解決力だけでは足りません。

  • 現場を注意深く観察する
  • 従来の前提を疑う
  • 顧客と解決策をつくる
  • 応援する社員を集める
  • 限られた期間に実行する
  • 安全と生産性の両方を成果にする

こうした行動が重なり、単なる在庫改善を、顧客の働き方の改善へ発展させています。

社員に判断させ、間違いを本人だけの責任にしない

Peemo:

ファステナルのCEO、ダン・フローネスは、同社のリーダーシップについて、社員に意思決定を求めることが重要だと話しています。

判断すれば、当然、間違うこともあります。そのときは誰かを責めるのではなく、間違いを認め、修正し、そこから学ぶ。

成功したときは、実際に実現した社員に功績を返すとも説明しています。

また、異なる意見を排除するのではなく、共通の目的のもとで、敬意を持って率直に話し合うことを重視しています。

Dash:

これは、日本のHRが注目する「自律型人材」を考えるうえで重要です。

自律性とは、社員に仕事を任せ、本人の責任にすることではありません。

社員が判断できる目的を共有する。異論を話せる環境をつくる。失敗から学び、修正する機会を与える。そして成果を上司ではなく、行動した社員に帰属させる。

この条件がそろって、初めて社員は前例のない提案に踏み出せます。

Onsite:現場を支えているのは、在庫管理技術だけではありません。社員が顧客の現場で判断することを認める組織文化です。

HLSの7つの道具で、どこまで説明できるか

Peemo:

今回の社員行動は、HLSの7つの道具の中に整理できるのでしょうか。それとも、「顧客の現場に入り込む」という新しい道具を加える必要がありますか。

Dash:

現段階では、第8の道具を増やす必要はないと考えます。

ファステナルの社員行動は、既存の道具を連動させることで説明できます。

  • PQAで、曖昧な問題を問い直し、事実と前提を分ける
  • ダイアローグワークスで、顧客や社内の関係者と率直に話す
  • 飛びぬけたリーダーで、個人の強みを起点に行動を広げる
  • 行動の結果を振り返り、再現できる仕組みに変える

「顧客の現場に入ること」は、それ自体が独立した道具というより、これらの道具を使うための実践原則です。

私は、この原則を「現場に埋め込まれて考える」と表現したいと思います。

外から観察するだけではなく、顧客と同じ時間、同じ場所、同じ問題を共有する。そこでPQAを使って問い、ダイアローグワークスで話し合い、飛びぬけたリーダーのコンピテンシーを行動として発揮する。

その結果、個人の気づきが、一度限りの親切ではなく、Onsite:現場のような事業の仕組みに変わります。

今後、HLSの事例研究を重ねても、「現場に埋め込まれて考える」という行動が、既存の7つの道具では十分に育成できないと分かった場合には、第8の道具として独立させる価値があります。

しかし、現時点では道具を増やすより、7つの道具を実際の顧客現場でどのように連動させるかを明確にすることが先だと考えます。

日本のHRが育てるべきものは、「気づく社員」だけではない

Peemo:

ファステナルの事例は、日本の人事・人材開発部門に、どのような示唆を与えるでしょうか。

Dash:

日本のHRに関係するキーワードとして、人的資本経営、自律型人材、心理的安全性、エンゲージメント、リスキリング、組織開発があります。

しかし、言葉を並べるだけでは、事業成果にはつながりません。

ファステナルの事例から見えてくるのは、次の連鎖です。

現場を見る
→ 問いを立てる
→ 率直に対話する
→ 自ら判断して動く
→ 結果から学ぶ
→ 組織の仕組みにする

人的資本経営とは、研修時間や受講者数を増やすことではありません。社員の知見と行動を、顧客価値と組織能力へ変換することです。

リスキリングも、デジタル知識を学ぶことだけではありません。顧客を観察する力、前提を問い直す力、異なる立場の人と対話する力、そして提案を実行に移す力を育てる必要があります。

HRが本当に問うべきなのは、「主体性のある社員がいるか」だけではありません。

社員の気づきを受け止め、試すことを認め、成功も失敗も組織の学習に変える仕組みがあるか。

Onsite:現場は、優秀な一人の社員による美談ではありません。

顧客の問題を自分の問題として考える社員と、その判断を支える組織が出会ったとき、現場の小さな提案が、長く成長を支える事業モデルに変わることを示しています。

千田 彰(Dash)
株式会社SmartWorks 代表取締役

調査支援:Peemo(AIリサーチパートナー)

主な参照資料

※社員の行動や成果に関する記述は、ファステナルが公開している顧客事例およびインタビューを基にしています。Dashによる評価とHLSへの関連付けは、SmartWorks独自の考察です。