弊社が実施している人材育成のことでお客様と会話をしました。
打ち合わせの用件を全て話し合ってしばし近況のやり取りをしているとき、お客様が「そういえば今度うちの会社でも課長たちの人材育成で、■■の研修をするつもりだ。うちの社員にも★★の行動をしてもらいたくね」とおっしゃいました。
「▲▲株式会社が全社でやっていて、効果があるそうだから。今話題でしょ?」それを聞いて、う~ん、と困ってしまいました。
こういうとき、「思考の品質」、つまり、「自分の考えに誤りはないかどうか」をガッチリとチェックする習慣が根づいている組織ならば、関係者が話し合っているうちに、重要なチェックポイントが洗い出されてくるものです。でもこの場合は、そうではないようでした。
他社がやっている研修が今話題になっているから、自社でやってみると聞かされて、私の胸によぎった不安を例えるとこうなります。

AさんとBさんは、ここのところ二人とも腰痛で困っています。
Aさんは腰痛の原因がコロナ禍の運動不足にあると考えました。とくに、家の中のエクササイズでは十分に動かせない筋肉がこわばったのであり、そうなった理由は運動の種類のバリエーションが減ったことだろうと考えたのです。そして外出制限の緩和とともに、運動の種類を大幅に増やして、腰痛を直しました。
Bさんも運動不足を感じています。Aさんが家の中でどんなエクササイズをしていたのか、詳しく聞いていませんが、自分も運動メニューを増やすことに決めました。しかし腰痛は改善しません。後にBさんの腰痛の原因は、体幹の筋肉が弱いことによる姿勢の乱れだとわかりました。
つまりAさんとBさんは、リンゴとリンゴほどには共通点が多くなかったのです。

冒頭の例で言えば、▲▲株式会社の事例に倣う前に自分たちがリンゴとリンゴなのか、リンゴとイチゴなのか、確かめる方が安全ではないでしょうか。
人材開発でも特にリーダーシップやマネジメント、ヒューマンスキルの分野では、人材開発のターゲットとなる方々の行動を変化させることが目的となります。例えば、上司がもっと部下のエンゲージメントを高める、上司がもっと部下と信頼を築く、部下がもっと自律的な働き方を身につける、などです。
この時忘れてはならないのは、ターゲットの行動が、目に見えない多くの要因の影響を受けるということです。
―ターゲットを取り巻く人々の考えかはどうか
―上司や同僚との人間関係は良好か、相互に無関心か
―頑張ったら得するか、やればやるほど立場が悪くなるのか
―簡単なのか、厄介なのか
―やり遂げると誇らしいと思えるのか、嫌な気分になるだけなのか
―身近なロールモデルはあるか
目に見えない多くの要因がターゲットの行動変容を邪魔する可能性は大いにあります。しかもこれらは、ほんの一部の例にすぎません。

自社の人々の行動を左右する多くの要因を洗い出してみたら、自社と▲▲株式会社がリンゴとイチゴだったとわかることがあります。その場合は■■研修を実施したところで、ターゲットが★★の行動をする確率は低いかもしれません。
それどころか想定外の問題を生み出す可能性もあるので注意が必要です。Bさんが自分にあう運動をしなければ、腰痛を悪化させる可能性もあるのです。