それぞれの分野では優秀な人たちなのに、なぜ集まると議論がかみ合わないのだろう?

それぞれが自分の分野で十分な知識や経験を持っている。

それなのに、集まって重要な問題を議論すると、
話がかみ合わない。議論に時間がかかる。
結局、詳しい人や声の大きな人の意見に引っ張られてしまう。

こうしたことは、メンバーの能力が低いから起きるとは限りません。

むしろ、それぞれが異なる知識や経験を持っているからこそ、難しくなることがあります。

たとえば、新しい事業への投資について話し合っているとします。

財務の専門家は、収益性やリスクに目を向けるかもしれません。
営業は顧客や市場を見るでしょう。技術者は実現可能性や品質を考えます。
人事なら、必要な人材や組織への影響が気になるかもしれません。

どれも重要です。

問題は、それぞれが違う情報を持っているだけではありません。
何を重要と考え、何を確認し、どのように判断するかも違います。

その違いを整理しないまま議論を始めれば、
同じテーマについて話しているのに、議論がかみ合わなくなることがあります。

そこで、「もっと互いの仕事を理解すべきだ」と考えることがあります。

もちろん相互理解は大切です。
しかし、財務の専門家が技術者と同じレベルの技術知識を持ち、
技術者が営業と同じレベルで市場を理解することは現実的ではありません。

必要なのは、全員が同じ知識を持つことではなく、
それぞれが持つ知識や経験を、集団としての判断に活かせることです。

そのためには、
自分には何が分からないのか、
判断するために何を確認する必要があるのか、
どの情報や根拠がまだ足りないのかを考えながら
議論する必要があります。

議論がかみ合わないと、
「もっと自由に発言しよう」
「相手の話をよく聞こう」
といったコミュニケーションの問題として捉えることもあります。

それが必要な場合もあります。

しかし、互いに十分発言し、関係も悪くないのに、
議論が空回りすることもあります。

その場合、問題はコミュニケーションの取り方にあるとは限りません。

ここまで見てきたような問題は、
一人ひとりの思考力が足りないから起きているとは限りません。

それぞれが自分の専門分野では十分に考え、判断できる人たちでも、
複雑な問題になるほど、
一人が持っている知識や情報だけでは判断できなくなります。

財務については財務の専門家が詳しい。
技術については技術者が詳しい。
市場については営業やマーケティングが詳しい。

問題は、そうした異なる専門性を、どうすれば一つの判断に活かせるかです。

個人で問題を分析し、論理的に考えるためには、
ロジカルシンキングやクリティカルシンキングが役立ちます。

しかし、それぞれに専門分化した人たちが、集団として考えるためには、
それだけでは十分でないことがあります。

自分には何が分からないのか。
誰が必要な情報を持っているのか。
判断するために、何を確認する必要があるのか。
その判断は、どのような情報や根拠に基づいているのか。

こうしたことを互いに明確にしながら考える必要があります。

そのためには、必要な情報を引き出す質問も、
自分が持っている情報や考えを的確に伝えることも重要になります。

全員が、すべてについて詳しくなる必要はありません。

むしろ、一人では持ち得ない知識や情報を持っている人たちがいるからこそ、
それらをつないで考えることに意味があります。

優秀な人を集めることと、
それぞれが持っているものをチームとして活かすことは、
同じではありません。

だからこそ、個人として考える力だけでなく、
異なる専門性を持つ人たちが、
集団として考え、意思決定するための方法が重要になります。