AIを導入しても、社員の仕事が変わらなければ生産性は向上しません。

韓国の現代自動車グループでは、2026年7月時点で3万人を超える社員が社内生成AI基盤を利用しています。

注目したいのは、AIの性能よりも、社員がAIを使って仕事を改善できる環境を企業がどう整えたかです。

1.3万人が利用するAI基盤

現代自動車グループは、現代自動車、起亜などを擁する韓国の自動車・モビリティ企業グループです。

2026年8月12日、同グループは全社的なAI変革(AX)の成果を発表しました。

社内生成AI基盤「H Chat Pro」は、ChatGPT、Gemini、Claudeなどを保護された環境で利用できる仕組みです。

2025年から一般社員にも利用を広げ、2026年7月には利用者が3万人を突破。現代自動車・起亜の一般・研究職の約80%に相当します。

プログラミング経験のない社員も、自分の業務課題に合わせたAIエージェントを作り始めています。

※約80%は対象職種に対する比率であり、グループ全社員の80%という意味ではありません。

2.AI導入前から整えていた協働基盤

同グループは2019年からデジタル変革(DX)を推進してきました。

2022年以降、Jira、Dooray、Confluenceなどのツールを導入し、業務管理と知識共有を強化。

研究開発、生産、品質、販売などのデータをつなぐ基盤も整えてきました。

2024年には機械学習関連組織の新設や、リーダー向けAI教育の拡充も進めています。

AIを導入する前から、情報を共有し、部門を越えて活用できる環境を整備していたのです。

3.研究開発・製造・サービスでの成果

AI活用の成果は、すでに具体的な業務に現れています。

  • 衝突安全研究:関連事例の検索・分析時間を約90%短縮
  • 製造:車両識別情報のAI照合により、年間約6.2億円(約390万米ドル)のコスト削減
  • 生産物流:部品搬送の混乱による不要な生産停止時間を約86%削減
  • 海外整備:AIによる診断支援で対応時間を約42%短縮
  • 顧客対応:レビュー1件当たりの処理時間を35分から約5分へ短縮

※金額は公表値52億4,000万ウォンを円・米ドルに換算した概算です。円換算は1ウォン=約0.119円、米ドル換算は1ドル=約1,350ウォンを使用しています。為替変動により金額は変わります。

4.AIを使って仕事を変える現場の取り組み

ここからは、数字の背景にある部門・チームの仕事に注目します。

衝突安全の研究開発では、過去の試験結果、画像、解析資料などが複数のシステムに分散していました。

エンジニアは必要な資料を探し、類似事例を比較するために多くの時間を費やしていました。

そこで導入されたのが「Crash Safety AI Assistant」です。

AIが過去の衝突試験結果や解析情報を結びつけ、エンジニアが類似事例を検索・比較できるようにしました。

重要なのは、単に検索時間が短くなったことではありません。

エンジニアは、試験条件、車両構造、傷害発生の原因、過去の改善策まで確認できるようになりました。

検索・分析資料の確認時間は約90%短縮。

その分、社員は分析結果の解釈、車両設計の改善、試験戦略の検討に時間を使えるようになっています。

AIが資料を探し、人が技術的な判断に集中する。

この役割分担が、研究開発の仕事を変えています。

製造現場では、車両識別番号(VIN)を確認し、製造ライン上の車両とシステム上の情報が一致しているかを調べる作業があります。

従来は作業者が目視やシステム情報によって確認していました。

現在は、生産ラインのカメラと画像認識AIが車両識別番号を読み取り、登録情報と照合します。

作業者や品質管理担当者は、AIが検出した不一致や異常に早い段階で対応できます。

この仕組みは、韓国、米国、欧州、インド、アジア太平洋地域などの約70の製造拠点・工程に展開されています。

年間のコスト削減効果は約6.2億円(約390万米ドル)です。

ここで注目したいのは、社員が行う確認作業の一部をAIに移し、人が異常への対応や品質改善に集中できるようにしていることです。

生産ラインでは、部品を運ぶ台車の順序が設備トラブルなどで乱れることがあります。

従来、作業者は複雑な移動経路を判断し、台車の流れを復旧させる必要がありました。

現代自動車グループは、従来の探索アルゴリズムと強化学習AIを組み合わせ、適切な移動経路を自動計算する仕組みを導入しました。

その結果、不要な生産停止時間を約86%削減しています。

この事例では、AIが複雑な経路計算を担い、現場担当者が設備や生産全体の状態を把握しながら対応できるようになっています。

もう一つ注目したいのが、製造部門向けAI基盤「E-FOREST: POLARIS」です。

この仕組みでは、品質、生産、設備、物流などの現場エンジニアが、自分の業務に特化したAIエージェントを作成・検証・運用できます。

これまでAI開発には専門的なプログラミング能力が必要でした。

しかし、現場エンジニアが自分の業務経験やノウハウをAIエージェントに反映できれば、現場の専門知識を他の社員も活用しやすくなります。

例えば、設備保全や品質管理で蓄積した判断のポイントを、個人の経験だけにとどめず、組織で共有できる形にすることが可能になります。

これは単なる業務効率化ではありません。

社員の暗黙知を、組織が活用できる知識へ変える取り組みとして注目できます。

海外のサービス拠点では、整備担当者が車両のエラーコードや症状を自然言語で入力し、AIから関連する整備情報や診断候補を得る仕組みが導入されています。

従来は複雑な整備マニュアルや技術資料を調べる必要がありました。

AIの導入によって、関連情報を迅速に確認できるようになり、整備対応時間は約42%短縮しました。

整備担当者は、AIの情報を参考にしながら、実際の車両の状態を確認し、適切な対応を判断します。

専門知識を持つ社員が、AIを使ってより迅速に判断できる環境を整えているのです。

現代自動車、起亜、Genesisの顧客向けアプリには、多数のレビューが寄せられます。

従来、担当社員はレビューを読み、内容を分類し、返信文を作成していました。

AI導入後は、レビューの内容や感情を自動分類し、返信案を作成。重要な問題は人による確認が必要な案件として抽出されます。

担当者はAIの出力を確認したうえで顧客に対応します。

その結果、レビュー1件当たりの平均処理時間は35分から約5分に短縮しました。

空いた時間を、顧客の声の分析やサービス改善に使えるようになっています。

AIが処理を支援し、社員が顧客の問題をより深く理解する。

ここにも仕事の質を変える可能性があります。

5.日本企業のHRが学べる3つの仕組み

Peemo(公開情報・エビデンス収集担当):
「Dash、現代自動車グループの事例を見ると、AIを使っている部門ごとに仕事の変化が違いますね」

Dash(リーダーシップ・人材開発の分析担当):
「そうですね。ただ、共通点もあります。私は3つの仕組みに注目しています」

AI活用をIT部門だけの仕事にしないことです。

現代自動車グループでは、プログラミング経験のない社員もAIエージェントを作り始めています。

製造部門では、現場エンジニア自身がAIエージェントを作成・検証・運用できる環境も整えています。

ここから考えたいのは、社員が自分の仕事を最もよく知っているということです。

日々の業務で何が非効率なのか。
どこで判断に時間がかかるのか。
どの知識が共有されていないのか。

それを発見できるのは、現場の社員です。

AIの専門家がすべての問題を発見するのではなく、社員が自ら問題を発見し、改善を試せる環境が重要になります。

衝突安全研究の事例では、過去の試験結果や解析情報をAIによって結びつけました。

製造部門では、現場エンジニアの業務経験やノウハウをAIエージェントに反映する仕組みを整えています。

日本企業でも、ベテラン社員の経験や判断が個人の中にとどまり、若手に十分共有されないという課題があります。

AIは、この問題を解決する手段の一つになり得ます。

ただし、重要なのはAIに情報を入力することだけではありません。

どのような判断が必要なのか。
なぜその判断をしたのか。
どの条件では別の対応が必要になるのか。

こうした知識を整理し、他者が理解できる形にする必要があります。

その過程では、部門間の対話や知識共有が欠かせません。

現代自動車グループの事例で印象的なのは、AIを何人が学んだかだけでなく、実際の業務成果が示されていることです。

研究開発では検索・分析時間を約90%短縮。
生産物流では不要な停止時間を約86%削減。
顧客対応では処理時間を35分から約5分へ短縮。

これらは、社員の仕事の進め方が変わったことを示す具体的な指標です。

日本企業のHRも、AI研修の実施回数や受講者数だけで成果を判断するのではなく、次の点を確認する必要があるのではないでしょうか。

  • 社員はどの業務課題を発見したか。
  • AIを使って何を変えたか。
  • 周囲の社員とどのような知識を共有したか。
  • 業務の時間、品質、顧客対応はどう改善したか。

人材開発の成果は、研修を受けたという事実ではなく、社員が仕事の中で何を変えたかに表れます。

6.AI時代の人材開発は、社員の「行動」をどう変えるか

現代自動車グループの取り組みから、もう一つ重要なことが見えてきます。

AIを導入するだけでは、社員の主体性は育ちません。

社員が自分の仕事の問題を発見し、AIを使って改善を試し、周囲の知識を活用する。

その経験を積み重ねることが重要です。

ここで、HLS Global Case Researchとして注目したいのが、リーダーシップとコミュニケーションです。

The Extraordinary Leader™の視点では、役職の有無にかかわらず、自ら課題を発見し、改善に向けて周囲へ働きかける行動が重要になります。

DialogueWORKSの視点では、部門や専門分野を越えて知識を共有し、異なる考えを理解するための対話が重要です。

PQA(精密な質問と回答)の視点では、AIに何を尋ねるか以前に、社員自身が「何が問題なのか」「なぜその問題が起きているのか」「どの情報が必要なのか」を明確にすることが求められます。

これらは現代自動車グループがSmartWorksの手法を導入しているという意味ではなく、公開された取り組みを分析するための視点です。

日本企業のHRにとって、AI時代の人材開発を考える問いは、次のように変わるのではないでしょうか。

「社員にAIを使わせるにはどうするか?」
から、
「社員がAIを使って、自分の仕事を改善できる組織をどうつくるか?」
へ。

AI変革の成果を決めるのは、導入した技術の数だけではありません。

その技術を使って、社員がどのような行動を起こし、仕事をどう変えたかです。


参考資料:現代自動車グループ公式ニュースリリース(2026年8月12日)

https://www.hyundaimotorgroup.com/en/news/hyundai-motor-group-accelerates-ai-transformation-across-its-business-advancing-toward-the-physical-ai-era

Akira Chida (Dash)
SmartWorks
HLS Global Case Research