A.P. Moller – Maersk
120年の歴史を持つ企業は、なぜ「変わり続ける」ことができるのか
青いコンテナに白い七角星。
港、高速道路、物流拠点などで、A.P. Moller – Maerskの姿を目にしたことがある人は多いでしょう。
Maerskは1904年、デンマークで海運会社として創業しました。
その後、海上輸送だけでなく、ターミナル、陸上輸送、倉庫、航空貨物、国際輸送の代行サービスへ事業を広げ、
現在は世界のサプライチェーン全体を支える統合物流企業へと変化しています。
しかし、Human Leadership System(HLS)の視点から見たとき、私たちが注目したいのは会社の規模ではありません。
120年以上続く企業が、なぜ過去の成功に固執せず、何度も自らを変えることができたのか。
そして、
巨大な組織が、現場で起きている事実をどのように捉え、学び、改善につなげようとしているのか。
そこに、私たちが学ぶべきものがあります。
1.Company
「海運会社」から「世界をつなぐ会社」へ
Maerskの歴史は、ある意味で「自己変革の歴史」です。
創業当時の主役は蒸気船でした。
しかし、同社は新しい技術を取り込み、海運業の変化に適応してきました。
そして近年は、さらに大きな転換を進めています。
従来の港から港まで荷物を運ぶ海運会社から、
顧客のサプライチェーン全体をつなぐGlobal Integratorへの転換です。
船会社が、トラック、倉庫、航空、IT、データ、物流設計まで扱うようになれば、
必要とされるものは大きく変わります。
必要な能力が変わる。
仕事の進め方が変わる。
組織間の連携が変わる。
リーダーに求められる行動も変わります。
つまり、Strategy Transformationは、
Human Transformationを伴わなければ実現しない。
Maerskから見えてくる最初の重要なポイントです。
2.Leadership
変革しても、変えてはいけないものを持つ
Maerskには、長年受け継がれてきた5つのCore Valuesがあります。
Constant Care
今日を大切にしながら、明日に備える。
Humbleness
聞き、学び、共有する。
Our Employees
人が成長し、力を発揮できる環境をつくる。
Uprightness
正しいことを行い、約束を守る。
Our Name
会社の名前を信頼と責任の象徴として守る。
ここには、長寿企業のリーダーシップを考えるうえで重要な示唆があります。
Maerskは、Strategyを大胆に変えながら、Valuesを判断の軸として残してきたのです。
事業環境が変わるたびに価値観まで変えてしまえば、
社員は、「何を基準に判断すればよいのか」が分からなくなります。
しかし、過去のやり方そのものを守り続ければ、企業は環境変化についていけません。
だからこそ、リーダーには、何を変え、何を変えないのかを見極める力が必要になります。
3.Genba Walk
リーダーは「報告を見る人」ではなく、「現実を見る人」である
ここで、HLSの観点から特に注目したいものがあります。
それが、Genba Walkです。
ここでいうGenba Walkとは、単なる「現場巡回」ではありません。
目的は、現実を直接見ること。
そして、そこで働く人の声を聞くこと。
さらに、自分が持っていた前提と現実との違いに気づくこと。です。
巨大企業になるほど、経営者や管理職のもとには大量の情報が届きます。
KPI。
月次報告。
事故報告。
顧客データ。
従業員調査。
ダッシュボード。
どれも重要です。
しかし数字は、現実そのものではありません。
たとえば、「事故件数が減少している」という数字があったとしても、
現場では、「危険だと感じているが、誰にも言っていない」という状態が存在するかもしれません。
「従業員満足度が高い」という数字があっても、船上や物流拠点では、「上司に意見を言いにくい」
という現実があるかもしれません。
だからこそ、リーダーには、Go and Seeが必要です。
日本の製造業には、現地・現物という非常に優れた考え方があります。
問題が起きたら、会議室だけで判断しない。
現地へ行く。
現物を見る。
事実を確認する。
Genba Walkは、この思想と極めて近いものです。
Genba Walkで大切なのは「答えること」ではない
リーダーが現場へ行くと、つい、
「なぜこんなことをしているのか」、「こうすればいい」と指示したくなります。
しかし、それでは現場を見ることが、査察になってしまいます。
HLSが考えるGenba Walkは違います。
まず、Observeする。
次に、Questionする。
そして、Listenする。
たとえば、
「ここで一番仕事がしにくいのは何ですか?」
「どこにリスクがありますか?」
「もし一つだけ変えられるとしたら、何を変えますか?」
「私たち管理側が気づいていないことはありますか?」
と問いかける。
すると、数字だけでは見えなかった現実が見えてきます。
4.People Development
人材育成とは、戦略を実現できる人を育てること
統合物流企業への転換では、新しい能力が必要になります。
海運の専門知識だけでは足りません。
デジタル。データ。サプライチェーン。顧客理解。部門横断の協働。異なる国・文化を越えたリーダーシップ。
こうした能力を組織全体で育てる必要があります。
ここで重要なのは、人材育成を、「研修を何回実施したか」で考えないことです。
戦略が変わる。
↓
必要な能力が変わる。
↓
採用・配置・育成が変わる。
↓
リーダーの行動が変わる。
↓
組織文化が変わる。
この一連の流れが必要です。
人材育成とは、戦略を実現できる人と組織をつくることなのです。
5.Challenges
優良企業にも、問題は起きる
しかし、Maerskを単なる「成功企業」として紹介することは、HLS研究の目的ではありません。
私たちが学びたいのは、問題が起きたとき、その組織がどう向き合うかです。
Maerskが統合物流企業へ事業領域を広げるにつれ、
安全管理の対象も大きく広がりました。
船舶だけではありません。
倉庫。トラック。ターミナル。協力会社。
さまざまな環境で働く人々の安全を考えなければならなくなりました。
また船上では、ハラスメントや心理的安全性という問題にも向き合っています。
ここで重要なのは、Valuesを掲げていることと、Valuesが現場で実現していることは別であるということです。
「人を大切にします」と書くだけでは、人は安全になりません。
制度。教育。上司の行動。相談ルート。対話。改善活動。
これらがつながって初めて、理念が現実になります。
6.Improvement
問題を「誰かの失敗」で終わらせない
問題が起きたとき、「誰が悪かったのか」だけを探す組織では、人は問題を隠すようになります。
一方で、「なぜ、この問題が起きる条件が存在したのか」と考える組織では、学習が始まります。
ここでもGenba Walkが重要になります。
現場を見る。
↓
人の話を聞く。
↓
事実を確認する。
↓
問いを立てる。
↓
原因を考える。
↓
仕組みを変える。
↓
結果を確認する。
この循環です。
つまり、Genba Walkは、Improvementの入口なのです。
7.HLS Action Bridge
日本企業がMaerskから学べること
ここで、Maerskの事例を日本企業の実践へつないでみます。
日本企業には、すでに強い資産があります。
現地現物
三現主義
改善
QC活動
PDCA
です。
しかし、これらはしばしば、製品・品質・工程の改善に集中してきました。
では同じ考え方を、Leadershipに適用できないでしょうか。
製品の不良を見るように、コミュニケーションの不良を見る。
工程のムダを見るように、会議のムダを見る。
設備の異常を見るように、チームの心理的安全性の異常を見る。
品質問題の原因を探すように、人が力を発揮できない原因を探す。
ここに、Human Leadership Systemの可能性があります。
Manufacturing TQCからHuman TQCへ
日本はかつて、「品質は検査するものではなく、工程でつくり込む」という考え方によって、世界最高水準の製造品質を築きました。
では、良いLeadershipも、日常の仕事の中につくり込めないでしょうか。
Genba Walkは、その一つの方法になります。
8.HLS Visual
Maerskから見えてくるLeadership Improvement Cycle
MaerskのケースをHLSの視点で整理すると、次の循環が見えてきます。
👀 Observe
現場の事実を見る
↓
❓ Question
「なぜ?」を問いかける
↓
💬 Dialogue
現場の人と対話する
↓
✅ Decide
何を変えるべきか判断する
↓
▶ Action
実際に変える
↓
🔍 Reflection
結果を振り返る
↓
📘 Standardization
良い方法を仕組みにする
↓
👀 Observe again
再び現場を見る
これが、HLSで考えるLeadership Improvement Cycleです。
そして、この最初の Observe を具体的な行動にしたものが、Genba Walkです。
9.HLS Insight
「見ること」からLeadershipは始まる
Maerskの120年以上の歴史を見ていると、一つの仮説が浮かびます。
優れた企業とは、問題がない企業ではありません。
問題を、見える状態にできる企業なのではないでしょうか。
そして、問題を見つけたとき、
隠さず、責めるだけで終わらせず、対話し、学び、仕組みを改善する。
その循環を持つ企業です。
だからHuman Leadership Systemの出発点は、壮大な経営理論ではありません。
もっとシンプルです。
まず、ちゃんと見る。
現場を見る。
人を見る。
仕事を見る。
事実を見る。
自分の思い込みと現実の違いを見る。
そこから、Questionが生まれ、Dialogueが生まれ、Learningが生まれ、Improvementが始まります。
One Takeaway
Better Leadership begins with seeing reality.
より良いリーダーシップは、現実を正しく見ることから始まる。
だから、
Genba Walk
↓
Observe
↓
Question
↓
Dialogue
↓
Learn
↓
Improve
この循環を、Leadershipの日常に組み込む。
それが今回、A.P. Moller – Maerskから私たちが学びたいことです。
Human Leadership System Research Series
スマートワークス(SmartWorks)では、世界の優れた企業を「成功企業」として称賛するだけの研究は行いません。
公開情報から、
何が機能しているのか。
どのような問題が起きたのか。
人々はそこから何を学んだのか。
組織は何を改善したのか。
を観察し、比較します。
そして企業を超えて共通する原則を発見し、
Human Leadership Systemとして体系化していきます。
Observe. Compare. Discover.
Connect. Learn. Act.