The world is perfectly aligned to get the results we are getting.
(世界は私たちが今得ている結果を得るように完璧に整えられている)
ずいぶん昔に聞いた言葉です。
今、私たちの周囲で起きていることは、
それを取り巻くさまざまな条件と無関係に生まれているわけではない。
そんな意味の言葉です。
たとえば、
「若い世代は自分の考えを大切にする」
「我慢して組織に合わせることを好まない」
「これまでの若手とは違って育成が難しい」
といった話を聞くことがあります。
その理由として、
少子化やデジタル技術の進化、働き方の変化などが挙げられることもあります。
確かに、ミレニアル世代やZ世代は、そうした環境の中で育ってきました。
でも、ここでふと思いました。
その世代にとっては、デジタル技術や社会の変化と同じように、
彼らを取り巻く大人たち(筆者を含む)も、環境の一部だったはずです。
そう考えると、少しおかしくなってしまいました。
若者たちの言動を見て「最近の若手は育成が難しい」と思っていたら、
その若手を育ててきた環境の一部に、自分たちもいたことになります。
さらに言えば、育成が難しくなったのではなく、
私たちが「育成とはこういうものだ」と考えている前提のほうが、
今の環境と合わなくなっている可能性もあります。
皆が同じように行動するほうがよい。
規律を重視するほうがよい。
自分の考えより、周囲の意向を重視するほうがよい。
もし私たちの側にそんな前提があるとすれば、
異なる考え方を持つ新しい世代を、
実際以上に「育成が難しい」と感じているのかもしれません。
問題だと思っている相手だけでなく、その問題が生まれている環境を見る。
そして、その環境の中には自分自身もいる。
冒頭の言葉は、そんな少し居心地の悪い見方も促してくれます。